私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうか聖霊あなたに打ち明けさせてください。

信念

やっぱり愛と庇護から出なくてはいけないと思いたくて仕方ない。

 

だから、おいでと言ってハグしてくれる彼にすがって泣く。

 

絶望の中で

悲しい。悲しい!悲しいよーー!

愛の外に出ていくなんて。

 

あまりにも何度もその映像を繰り返しているので、

さすがにおかしい、、と思うようになってきた。

 

 

過去から思いっきり、ずっとずっとこのストーリー信じてきたけど、

本当なのだろうか?

 

 

疑うということすらしなかった。

 

 

聖霊が少しずつインスピレーションで

わたしの企みを暴いてくださっている。

ありがとうございます。

 

 

彼は優しい人。理解ある人。守ってくれる人。

とても良い人なんです!悪くないんです。と自分で勝手にあらかじめ

彼の人格設定をする。

 

自分に罪がありますと言えるように。

 

本当に進みたい道を進むという私のわがままで、悲しい想いをさせてしまうんです!

 

私は罪あるから。それは当然なんです。

 

誰かが何かをしてくれないと、幸せになれない。

 

本当に、

お気に入りのDVDのチャプターを

自分で連続再生している感じだ。

 

 

悲しみの原因は、行動、ストーリーに、ここにあるんです!

 

このような話の展開になる前からすでに、

先に私は罪人だと信じている。

 

そして、出来事や男女の別れの展開の画像が突然降ってわいたと信じることにし、

 

自分が決断したのに

表面的には二人が引き裂かれ、

 

悲しく泣いているように見えている私がいるシーン、

知覚もとてもとても悲しいのだけど、

 

 

ものすごく喜んでストーリーに飛びついているのが分かった。

 

 

「ほら!このことがそれを証明してくれている!」

 

 

やってる。これ。

 

 

しばし呆然とする。

 

 

 

神が、私を置き去りにしたんだ。

被害者なんだ。

だから、こんなひどい目にあわされている。

 

正当化。

 

 

お気に入りだった。本当に。

 

当たり前すぎて

信じて疑わなかった。

 

 

 

何を信じているか、

 

もっともっと見ていかなければならない。

 

 

 

神と一つで、離れることなど絶対あり得ないなら、

 

本当に神と別れてしまった、とただ信じているだけだとしたら、

 

なぜ神と私の罪悪感ストーリーを思いっきり信じることにしているんだろう?

それが必要なのはなぜだろう?

 

 

 

車が通り過ぎましたという映像と、

 

今回起こったようにみえる映像にはえらい違いがあることにしている。

 

思いっきり信じて、リアリティをもたせることを決断している。

 

水と肥料をあげている。

 

自ら育てている。

 

 

リアルに見えるのは、

そうしたいから。

 

リアルじゃなかったら、困る。

 

 

 

消えるわけにはいかない。

 

 

 

なんとかして、わたしを長引かせようとしている。

 

 

 

抵抗について学ぶことこそがコース。

 

ようやくそうなんだなと思えるようになってきた。

 

 

悲しいよーーは

男女の別れに対してじゃなく、

 

私の神を求めている声

 

私の愛と助けを求める声なんだ。

 

 

男女のことにするというのは、

真理に対する防衛。

 

 

もう、

わたしを助けていこう。

 

 

聖霊

過ちを過ちだと気づけるよう、助けてください。

 

 

 

 自分が発言したとき、

もしコミュニティに入ることになったりするとしたら、

 

さるぐつわされ、口に詰め物を入れられる、身動きとれず

それは死で、無限地獄のように感じると言った。

 

 

間違っていた。

 

 

それは、

わたしがわたしを赦さない!といって

今、まさに自分にしていることだった。

 

 

自分を赦すのは、負けだから。

 

 

 

献身って

わたしをわたしのままで居させてあげること、なんだ。

 

 

もうそれを赦していきたい。

 

 

 

本当にありがたい。

 

 

内側から、ありがとうと言われた。

 

 

 

損失、あるはずがない。

 

 

 

損失があると信じている。

 

 

 

自分で自分にさるぐつわをやっている。

 

そうでもして

神の上に立ちたい。

 

 

 

あなたが正しく、私は間違っていましたと

感謝の中、神に従う以外に道がない。

 

 

 

聖霊に助けていただきながら、

わたしが正しく、あなたが間違っていますと

いつもいつも思っているんだということをごまかさず認めて、

 

 

さらしていきます。

 

 

 そういえば

ラファエルさんがいつだったか、

 

 

マグダラのマリアはどこか他にいるのではなく、

 

 

あなたたちみんなの中にいるんですよ。

 

 

と言っていたのが印象的で嬉しかったのを思い出した。

 

 

 

マリア様

神様、イエス様の信仰を助けてください。

 

 

信仰を助けてくださる方がまた一人現れて、

すごく嬉しい。

 

 

神様、ありがとうございます。