私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうか聖霊あなたに打ち明けさせてください。

ファンクションを通じて思い出す〜本当に私に必要なこと

今朝起きると、

兄弟からファンクションに関して、

私がみんなにメールした内容が違っているのでは?という連絡が入っていた。

 

即座に感情が上がる。

 

恐れ、

自分はやっぱり馬鹿だ、

私はすぐ忘れて何もできないやつだ、

自分攻撃、

罪悪感、

恥、

悲しみ、

無価値感。

 

自分は正しいと思って、

みんなに伝えたことが、そうに違いないと思い込んでいた。

それが間違っているよと責められているように感じ、

恥を感じる。

 

言い訳で埋め尽くそうとする。

 

私は記憶できない。馬鹿だから。

すぐ忘れるから。とか、

なのにこんな私にこれをさせないで、とか。

 

自分の惨めさを見たくないからだ。

自分の否を認めたくない。

自分は正しいという言い張りがある。

 

これをきっかけに、

真の原因へと遡りたい。

 

前準備ワークと平安へのツールをやる。

前準備ワーク:

shingaheart.jimdofree.com平安へのツール:

levelsofmind.jp

平安へのツール シート:

https://levelsofmind.jp/wp-content/uploads/2019/03/instrument-for-peace_jp.pdf

 

私は頑張らないといけない被害者だ。

 

全部記憶できて、

ファンクションも間違えずにこなせるようにならないといけない。

みんなの足を引っ張りたくない。

 

そんな信念がある。

 

何も忘れることなく覚えていて、

完璧にこなさなければならない。

間違えてはならない。

迷惑かけたくない。

努力しなければならない。

 

おなじみだ。。

 

これは、恐れなんだ。

 

恐れは

”わたしの愛と助けを求める泣き叫び”なんだ。

 

2019.11.11勉強会より〜

罪悪感を認めると、リアルになってしまうと信じている。

逆で、

しっかりポインティングして、

こういうのがありました。

こんなに強烈な無価値感、罪悪感が、あった。

こういうのを本当に私は信じていた。

それをはっきり明確にして、

これが全くの誤りだと教えて欲しい、と聖霊に懇願する。

 

 

完璧なものであろうしたり、価値を認められるよう、

「できるでしょ?私」をやめる。

そうすると、心に向き合うことになる。

 

罪悪感、無価値感、自己憎悪。

 

私自身が愛と助けを求める泣き叫びなんだ。

 

そうだ。

 

私は愛と助けを求める泣き叫びなんだから、

 

素直に、

この世界をどうこうしようとしないで、

 

泣き叫びをしっかり認めて、

 

助けてあげたい。

 

助けてあげよう。

 

私に必要なのは、

努力することでもなく、

頑張らせることではなかった。

 

神は、

この幻想の私にさえ、

愛を与え、慈しみ、肯定しかしないんだ。

 

だから、頑張る、頑張らせようとするのは、

神の意志ではない。

 

愛を求めて泣き叫んでいるのが、私なんだ。

 

自分が泣き叫びだって認めたくなかった。

自分が泣き叫びだって認めることは、負けだと思っている。

だから頑張ろうとしていた。

認めたくなかったから。

 

だけど、私は今、

確かに愛がわからなくなって、泣き叫んでいる。

 

慈しまれたい!

 

慈しもう!

 

私に必要なのは、頑張って、頑張って、刺すように急かして

努力させることじゃないじゃないか。

 

それは恐れているんだ。

 

愛が必要なんだ!

恐れ=助けを求めて泣き叫んでいるのだから、

 

私に必要なのは

私をがんばらせることじゃなくて、

愛なんだ。助けなんだ。

慈しみなんだ。

 

慈しんであげよう。

慈しみたい。

ただ、私は泣き叫んでいることを認めて、

聖霊に助けを求めて、

受け入れたい。

 

助けてあげたい。

 

そうして自分を抱きしめた。

 

自分に愛を与えることを選ぼう。

 

自分が自分を赦そう、

慈しみを与えようと私を迎え入れたので、

 

兄弟のメッセージを愛からのメッセージだと、

受け入れることができた。

迎え入れた。

私自身を。

私だ。

 

 

ファンクションは、

自分が愛と助けを求める泣き叫び、絶叫なんだ、

奥底に秘めていた思いを自白し、

癒されることを聖霊に求めるため。

聖霊に助けを求めるため。

 

愛されていることを知るため。

わたしが何なのか、教えてもらうため。

 

どうしようもなくなった私が、

助けを求め、助けを受け入れるため。

 

そのために、

聖霊に開いて、従っていく。

怖いけど。。

 

それを思い出した。

 

よく、このことを思い出してくれたね!

ありがとう!わたし。

わたしを抱きしめながら、

愛おしみながら寝るんだ。

 

神が私にそうしているように。

私も私を慈しんであげよう。

慈しんであげていいんだ。

 

今日も、よくやったね。

聖霊に耳を澄ませて、従おうとする意欲を差し出したね。

たとえ1mmでも。

間違っていたとしても。

 

ありがとう。

ありがとう。

本当にありがとう。

 

聖霊

ありがとうございます。

 

note.com

 

www.youtube.com

 

 

 

ランタン

このシーン。

職場の廊下に貼ってあったことに、今日初めて気づいた。

 

思いっきり真正面にあるのに、

今ままで全然、気がつかなかった。。

 

カースティンフランシスリトリートで、

みんなで観たね。

 

行方不明になった王女の帰りを祈り、

国中からランタンが飛ばされるシーン。

 

あなたと私が一つで、愛で神の子だと教えて欲しい。

聖霊に光を見せてもらいたい。

わたしとあなたが誰なのか、思い出したい。

 

目的を忘れないよう、

見失わないように、

わたしのところにもランタン飛ばしてくれていたよ。

 

ここにも。

 

思い出させてくれて、ありがとうございます。

 

思い出してくれて、ありがとう。

 

 

www.youtube.com

 

 

f:id:mokumokuchang:20220120001808p:plain

 

 

 

一緒にやっていきましょう

職種は同じだけど、

今までやったことのない部署。

嫌だ、避けたい、無理だと思っていた。

 

やはりそこに配属になった。


 

昨日、リーダーさんが自分がこの仕事に興味持ち始めたことなど、話してくれた。

 

リーダーさん、30代で見た目が藤井風っぽい(笑)。

おばあちゃんたちのことをとても理解していて、素晴らしい。

自然体で接している。

 

小学5年生の頃から、すでに自分の認知症のおばあちゃんのことを理解できていて、

助けたいと思っていた。

その頃から高校も行きたくなかったぐらい、

すぐ専門に行きたかったらしい。

子供の頃からこの職業を目指していて、ずっと続けている。

できる、と思っていた、と。

自然に。

 

聞きながら、

 

本当にすごいな。。

わたしと真反対だ、この人。

 

素晴らしいな。。

 

聞きながら、とても胸が温かくなり、

この方の優しさ、安心感と広がりを感じた。

 

わたしは、全くの逆だ。

 

理解できない。

理解したくない。

だから関わろうとして聖霊に助けてもらいたいけど、

理解しようとしないし、できないので、

 

情けないけど、いまだに分からない。

何をどうしたらいいのか。

何をいつ話したらいいのか。

 

罪悪感、無価値感、無気力、恐れの中、

もういいじゃん、、と通り過ごしたくなる。

 

いつも恐れている。

 

そして仕事中は、

自分がそう望んでいた通りのことが、展開されているように見える。

 

もう、いい加減、

このパターンやめたい。

 

わたしは罪あるものです、という証明に使ってきた。

目の前のことが全く見えない。

 

できるとか

楽しい、と人が言っているのを聞くと、悲しくなる。

 

できている人を見たり、

この職業が好きだと自然に言う人の話を聞いたりすると、

わたしはできない。。無理だ。と闇に沈んでいく。

 

でもこのシュミレーションの世界の繰り返しに、

もう同一化したくない。

 

悲しくて、

どうせできない、、と泣いていると、

 

「私は愛じゃない!

そう言い張るのをやめなさい。

 

あなたは愛です。」

 

そう伝わってきた。

 

 

私は愛じゃない者なんです!

そう言い張ってたのか。。わたしが。

 

 

私なんて無理だ、、と言い張り、

恐れにまみれて、闇に沈んでいたかった。

 

 

「私は愛じゃない者なんです!と言い張るのをやめなさい。」

 

 

そうか。

履歴書や面接の時に、目的を確認した。

mokumokuchang.hatenablog.com

 

わたしとあなたが一つで、私で、愛だと思い出したい!

聖霊に教えてもらいたい。

聖霊に見てもらいたい。

 

それだけだ!

それだけが、私の望みです。

全て、そのためなんだ。

 

そうだ。

 

リーダーさんが、自分がこの仕事にきっかけのことを話してくれた最後に、

こう言ってくれた。

 

「職員みんなでやっていきたいと思ってる。」

やっていきましょう、と。

 

怖い、恐れ、

私なんかにできるはずがない、

したくない、やりたくない、

開きたくない。

 

そう思っている私に、

 

大丈夫。

できるよ。

一緒にやっていこう。

 

怖くて惨めで、

怖くて怖くて仕方なくて、

あまりにびびって動けなくなっている私に、

 

職員さんたちと手を取り合って、

その輪の中に入ろう、と、

手を差し伸ばしてくれて、

 

言ってくれたような気がした。

 

はい。

 

思い出して、しばらく泣いた。

 

勝手に作って、作話してるかもしれないけどね。。

 

母が、

エスは、私を嫌っているに違いない!と祈るのを怖がっているけど、

それって、私だ。

 

わたしの、愛と助けを求める泣き叫びだったんだな。。

 

こうして怖がっている、私の泣き叫び。

 

母を除外してたけど、

思いっきりわたしだった。

 

わたしを抱きしめたい。

 

 

ありがとうございます。

 

聖霊に、助けを求めていきたい。

 

わたしは、愛と助けを求める泣き叫びです。

 

そのわたしを抱きしめて、

聖霊の光に飛び込みます。

 

これがわたしではない、と

教えて欲しい。

 

もういいよ。

悪夢から目覚めよう。

もういいんだ。

 

自分に苦しみを与えるのをやめよう。

 

もう自分自身に、

 

わたしに、

 

愛を拒むのをやめていこう

愛を出し惜しみするのをやめていこう

 

そうしていきたい。

 

私を抱きしめよう。

深呼吸して。

今日も、よくやってるね。

ありがとう。

ありがとう。

 

今も神に愛され、慈しまれている神の子=わたし🙏👶💖🙏✨

f:id:mokumokuchang:20210912103303j:plain

 

 

 

 

自分を慈しみ、自分に愛を与えるには覚悟がいる

6月の勉強会と同じことを、12月リトリートでも聞かされる。

本当には受け入れようとしていなかった。

 

12月のリトリートでも教えてもらったこと。

 

 

自分を慈しみ、自分に愛を与えるには、覚悟がいる。

 

自分を慈しみ、自分に愛を与えるには、勇気がいる。

 

 

本当にそうだ。

 

その時、

受け入れるまで、怖かった。

 

でも、

もうそれを受け入れたい。

 

もう、

私が私を慈しむことを赦したい。

赦してあげたい。

 

何度も何度も何度でも、、

 

覚悟と勇気を持って、

そう願望・決断していきたい。

 

よくやってるね。

ありがとう。

素晴らしいね。

 

「ここまで来てくれて、本当にありがとう。」

 

わたしが私を抱きしめて、言うんだ。

 

毎日、毎日ね。

 

 

わたし自身のために。

 

愛と助けを求めている、わたしのために。

 

あなたは愛です。

 

受け取ってください!

 

そう、聖霊がわたしに語りかけてくれるように、

 

はい。

 

そう言って、

素直に愛を受け入れていきたいです。

 

 

愛であるわたしが、

愛が分からなくなってしまったわたしに向かって語りかけてくれている言葉を、

 

わたしは本気で受け入れたい。

 

本当のわたし自身を。

 

神の思いを。

 

神は愛なんだ。


わたしが、

わたしたちが誰なのか、思い出したい。

 

ありがとうございます。

 

www.youtube.com

 

mokumokuchang.hatenablog.com

 

 

 

あなたの苦しみは何なの?

母から、そうつっこまれた。

 

私が神の子だと忘れてることだよ。

と答えた。

 

それから少しエクスプレスして、

もう一度、

 

私たちが一つで、愛で神の子だと教えてもらいたいから、一緒に祈りたい。

母ちゃんとも、目覚めるために祈る仲間でいたい。

といつものように話した。


少しコースっぽいことも。

目覚めのこととか。


母は、教会が気になったり、

天にまします我らの父よ、、の祈りが気になるようだ。

ふと母に、ワークブックの祈りを教えてあげようかな、と思った。

一緒に祈るかも。


直後に、

TVで捨て猫を拾った男性が、

「一緒に帰ろう」と猫に言っていた。

 

帰りたい。

 

 

願望を口に出して、父や母に言い始めて感じていること。

 

一番、助けが必要なのは、

わたしだ。

 

私には助けが必要なんだ。

 

一緒に歩む仲間も。

 

負けだ。

 

情けないけど、その通りだ。

 

私が助けを求めて、言っている。

 

もうダメだから、帰りたい。とか、言っている。

 

 

少しでも、聖霊に耳を傾けようとしたね。

今日も、よくやったね。

えらいよ。

ありがとう。。

 

ここまで来てくれて、本当にありがとう。。


自分に優しく、のブログを読み返して泣く。

https://mokumokuchang.hatenablog.com/entry/2022/01/08/181330


毎日、自分に言ってあげたいね。。


間違ってるかもしれないけど、

聖霊から、


もっとわたしに(自分に)愛を与えてあげなさい。

その価値がある。


そう言われた気がした。


ありがとうございます。

 

  

 

あなたも私も誰なのか教えてください

仕事を再開してすぐに思った。

 

ああ、本当にダメだ。。

 

少しでも良くなろうとか、

しようとか、

もう絶望でしかない。

 

あなたも私も、一緒に地獄に引きずり下ろしている。

 

あなたと私が、誰なのか、

教えてもらうこと以外、何も意味がない。

 

全部間違いじゃないか。。

アイデンティティーを間違えてるなら。。

 

ふと、

その人の名前を思い出したら、

「光明」さんだった。

 

泣く。

 

この人と私と見ていて、

見たいように見ています。

 

絶望しかないです。

 

どうか、あなたと私が誰なのか、教えてください!

 

 

一昨日、

 

コースって、

最初からアイデンティティーのことしか言ってなかったのか、、。

 

知らなかった。

知りませんでした。

 

驚いた。

 

あと、

神に従うことは、

 

神の子に当たり前に与えられている、

幸せである権利、

みたいに感じた。

 

神の子としてまったく自然なことだった、、

というような。。

 

そうだったのか、、

知らなかった。

 

驚いた。。

 

知りませんでした。

 

受け止め方が

間違っているかもしれないけれど。

 

 

父と母とのやりとりをブログに書くのは、

 

彼らにあてがってきた、

私が私と思い込んできた思考、

作り出している思考・ボロを出してるので恥ずかしい。

 

だけど、

今日、五井先生の本を一冊読んだ父から、

ふと

「神様に祈るんだね。」と聞き、

 

沈んでいたので、

ああ、そうだな、、

祈ろう、、と思わせてくれた。

 

父と母を利用しているんだな。

 

父と母だということにして神の子だと迎え入れず、

はねのけているのは自分なのに。

 

それでも、

ありがたかった。。

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

父と母に、一緒に祈ろうよ!

朝のゴミ出しはいつも父がやるが、今朝は私が出した。

 

仕事を始めるので、私が出してもいいかな、と思った。

が違和感がある。

 

父は俺の仕事だと、言い、

私は自分も出してもいいのに、と言い張った。

 

ああ、こりゃだめだ。。。

 

父と母へ、咄嗟に口に出した。

 

「一緒に祈ろうよ!」

 

「イエスや、守護神さんがどうしたらいいと言っているか、一緒に祈ってみよう。

聞いてみようよ。」

 

母はイエスに、父は守護神さんに、

3人で、少しの間、口を閉じて沈黙。

 

「どういう感じがする?」

 

母は、みんなでその時々で行けばいいと思う。とスッキリした表情で言った。

父は、しばらく納得しなかった。

私は、朝寝てる人がいれば、代わりの人が行く、と母と一致した。

 

みんなが一致するまで、祈ろう。

俺が正しい、と言い張ると苦しい。

それを手放して、私たちの平安のためにも一度祈って受け取ってみよう。

もう一度祈ってみよう、と言った。

私たちが決めないで、神様に決めてもらおう。

 

私たちはどうしようもないから、決めてもらうおう。

 

みんなが一致するまで、正しいと思う言い張りを退けて、

平安の神様の答えを聞いてみるんだよ。

 

説明して、少しの間だったけど、祈った。

 

結局、3人一致で、

その時行ける人が無理なく、助け合って行けばいいね、となった。

広がりを感じ、安堵していた。

 

私が、私に言い張っていた。

自分が神に尋ねてなかった。

私が、私に、サレンダーするだけだったのか。。

 

 

次は母。

 

買い物に行った。

自分の食べたいものと、家族みんなで食べるものを一緒に会計した。

母が、私が払う!と言い張った。

私は、自分のものがあるのでその分は払いたいと言った。

 

母に言った。

「これも一緒に、イエスがどうしたらいいと言っているか、祈ろう!

私たちの平安のために。」

 

母は家計に関しては、私も父も立ち入らせないほど、物凄い頑固だ。

絶対譲らないできた。

すぐに激しくキレながら、もういい!と不貞腐れる。当てつける。

 

しかし、もう私は妥協しない。

一緒に祈りたい。

間違ってるかもしれない。

私とあなたは一つで、神の子だと教えてもらいたい。

そのために、まずはあなたを一緒に目覚めのために祈る私自身として迎え入れたい。

 

そこから降りるつもりは、一切ない。

 

母はいつも通り、

いいよ!いいよ!払ってもらったら、買いに行ってもらうのに気が引けて頼めないから。と

それで全部払う、それは絶対譲れない。無理。

逆ギレしていた。

 

それでも、

「一緒に祈ろう。

エスがなんと言っているか、一緒に受け取りたいんだよ。」と何度も言った。

 

母が、

「なんと言っているかわかんないよ。」というので、

「わからない、でもいいし、

なんとなく、こう言ってる感じがするなあでもいいよ。

エスの答えは平安を感じるはずだから。」

 

「お前は頑固だって、イエスはわたしのこと絶対怒ってるよ!」と母が言う。

 

「イエスは責めないよ。大丈夫だよ。わかなくていいから聞いてみよう。」

 

お互い激しく言った。

 

その後、初めてかもしれない。

母と二人で、沈黙し、目を閉じ、イエスに祈った。

 

私が正しい!

答えなんか、わからない!

もう、私の意見が通らなかったら、あんなの意見でいい!

と母は祈った後も、答えがわからず、ギャーギャー言う。

 

私も、イラついていた。

心を沈めて、声を尋ねても、母が目の前でキレてる姿にムカついた。

 

これを手放したい。

それでももう一度、祈ろう。と言った。

 

もう、降りていかない。

 

何度か、沈黙して母とイエスに祈った。

 

何度か祈った後、、最後に、

私の中に、

「母に払ってもらいなさい。」という感じが広がり、

安心感を感じた。

ああ、心地いいな。。平安だ。

 

母と一つだと感じて、平安だった。

ああ、負けだ。。

 

そこまで行き着いた後、

母に、

「イエスが払ってもらいなさいって言っている感じがしたよ。」

正直に、感じたままにそう打ち明けた。

 

すると、

「そうだろう。」と言って、笑顔で終わった。

 

母とイエスに祈ることで、一つに感じた。

 

そうしてみて、わかった。

わたしが、わたし自身に、わたしが正しい!と言い張っていただけだった。と。

 

母にみえる、わたし。

 

罪悪感ゆえに、

わたしが払う!と言い張りたかったわたし自身だった。

 

助けて!というわたしの声。

 

わたし、だったんだ。。

 

わたしがわたしにサレンダーするだけだった、と。。

 

ありがとう。

ありがとう。

 

結局、母の言っている通りになった。

ちくしょう!あいつの言いなりになった。と思ってきた。

 

でも、祈った結果、

元の通りで母の言う通りになったとしても、それでいい。

 

エスと一致した心である方が、幸せなのか。

相手が母でも。

 

一緒に祈ってくれてありがとう。

一つだと感じて、嬉しく、幸せだったよ、と母に言った。

 

「イエスの答え受け取れてたかな?」と母が言うので、

 

「一緒にあなたが払うんだよって答えを感じて、幸せを感じてたじゃん!

それが受け取れてるってことだよ。

よかったね!ってイエスがめちゃめちゃ喜んでるよ。」と話した。

 

母が嬉しいそうだった。

 

もっと聞いてほしい!

耳を傾けてほしい!

エスがそう、母とわたしに言っている感じがして、

それを伝えた。

 

ああ、そうなんだな。

「これからも一緒に祈っていこう。」と、

母というわたしへ伝えた。

 

 

父は、生活についても、もうどうしようもないな、、と思っている。

 

ゴミのことで祈った後、部屋に戻り、

五井先生の本「神様にまかせきる」を読んでいた。

 

一瞬だとしてもあの時、

自分の意見を退けて、祈ったのだと思う。

 

ありがとう。

すごいな。。

 

認めるのが怖いが、

そうであるはずがない、と思い込みたいが、、

 

この人、本気だ。

 

思わず、「素晴らしいね」と父を励ました。

励まし、慈しみたいと思わずにいられなかった。

 

ありがたいと思った。

 

ありがとう。

 

母との祈りのことも、父に話した。

 

 

わたしが、わたしをどう迎え入れているか、

見せてくれてありがとうございます。

 

わたしがわたしにサレンダーする機会を与えていただいて、ありがとうございます。

神様ありがとうございます。

 

父、母よ。

一緒に祈ってくれて、ありがとうございます。

 

早速、母聖霊が、
勝手に自転車で行くとわたしは決めていたのに、

「明日どうやって行くのか、

それもイエスに祈らんといかんじゃないの!」と

ありがたいツッコミをいただいた(笑)