8月合宿であがった闇①
8月合宿にて。
去年の合宿で、
五井先生についての話をある方にお話しした。
内容についてはほとんど覚えていない。
その時、
その方に大きな恐れが上がっていたのだが、
私はそれに気づいていなかった。
それを指摘された。
「そこまで言わなくてもいいのに。。」と思っていた、と。
それに対して思ったことは、これだ。↓
「私は正しい。
私は分かっている。
神を分かっていないあなたに、教えてあげる必要があった。
なのに、
なぜ責められる必要があるのか?」
その時は見たくなかった、
相手を「傷つけてしまった。やってしまった。」という
猛烈な罪悪感
ごめんさないという
訂正したい想い、
正しいはずなのに!!
私が間違っているはずはない!という
間違いを認めたくない悔しさを
しばらく見つめる。
コースの言葉が思い出された。
「あなたは決して兄弟の罪ゆえに彼を憎むのではなく、
あなた自身の罪ゆえに憎むのである。」
私が「先に」、
罪を信じていなければ、
兄弟が何を私に言おうと
そこに罪をみることはできないはずだ。
「私」について、
間違っている、
正すことがある、
○○しなければならない、
自分に、罪を信じているからこそ、
そのように見たのだ。
ああ、
そうだったのだな。
と
ずっと
ただ見つめていていた。
迎え入れた。
兄弟と、聖霊、
有難うございます。