有難うございます
以前、ブログの記事にも書いた
職場の同僚の60代の方が、今日をもって退職された。
その方も、
ご自分にはここはちょっときついと思っていたようで、
上の方と話し合って、辞めることになったらしい。
やはり、たばこの銘柄と場所は覚えられなかった様子だった。
あがってきて、信じた思考は、
↓
この人に、罪がある。
できない奴だ。
使えない奴だ。
馬鹿だ。
辞めると聞いて、ほっとした。
良かった、見えないところに行ってくれて。
退職してくれて、離れたところに行ってくれて。
消えてくれて、ほっとした。
ああ、これで、
みんなと元通りのリズムで仕事ができる。
安心している、、、
かのように自分を騙している。
(でも表面化の泣き叫びはいっそう強く続いていて、全然安心していない)
自分を憎んでいた。
わたしを、赦せなかった。
昨日の夜、
この方が光に包まれていて、
わたしと一つになるワークをした。
光がすごくて、
玉どころか、
広く、どこまでも大きかった。。
私は、愛がわかりません。
私にはあなたの愛が必要です。
あなたに愛されることが必要です。
どうか、わたしを照らしてください。
そのために現れてくださって、有難うございます。
しばらくやっていた。
なかなか素直になれなかった。
今日、一緒に仕事をした。
最後に、
年末の挨拶をした。
辞めることは知っていたけれど、
その方から実は、今日で辞めることになりました。と挨拶してきた。
目をみて、
「有難うございました。」と伝えることができた。
わたしは、すでに
赦され、愛されていたんだな。。
狂っていたことに
気づかせていただいて、
助けていただいて、有難うございます。
あなたは神様です。
あなたは愛です。
あなたとわたしは、一つでした。
神様、有難うございます。