私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうか聖霊あなたに打ち明けさせてください。

やめてくれよ!と恥を感じていたのに、また触れないようにしてました

昨日の8/7勉強会の後、

私も映画「沈黙」を観てみて気付きました。

 

 

6月合宿で直ちゃんが隣で寝ていたことがきっかけで沸いた感情、

 

今ならこうやってやれると思うくらいに憎しみと殺意、悲しみ、孤独さを感じていたことを、

勉強会で何度も聞かされ口にさせられる時、

 

やめてくれよ!つつくなよ!

もういいじゃないか!

 

恥と怒りを感じます。

 

 

恥なんだよ。

 

見たくない!

触れてくれるなよ!

 

惨めだなんて認めない、憎悪や殺意なんてない!

 

 

「私はこれに触れないことにする。見ないことにする」

 

 

そう明らかに決断しているのに、

言われるごとにシラーっとスルーしていたことに気づきました。

 

 

私は正しい。

正しくありたい。

ロドリゴとおんなじ。

 

この世界で平穏無事に過ごして、隠れて終われればそれでいい。

 

この惨めさや恥の奥にある見たくもない私を

何とかさらされないようにしてきました。

 

惨めったらしい暴れがつおのように暴れまくっている、

 

みっともない恥ずかしすぎる私が

何とか丸出しにさせられないようにしたい。

 

私1人だけが。

みっともない姿で、そういう思いに晒されたくない!

 

避けたい。丸出しすんな。

海から引き揚げてくれるなよ。

 

 

すべての欲求がそれでした。

 

 

まさか

今すでに、そうだと認めたくなかったよ。

 

これから、暴かれる。

誰かに。何かに。

 

怖いし、冗談じゃない!

 

そうやって未来にそれが起こるのを恐れていたけど、

 

今すでに、そうだ。

 

 

隠しきれてなかったのか。

 

暴れまくっている、惨めったらしい私を

自分の中で溢れさせて、通り過ぎさせていきたい。

 

ましになりたい、正しく見られたい、やってきた。

 

全く逆に戻っていくんだな。

 

私は狂っている。

 

私に隠さず、私の中で晒していきたい。

 

 

聖霊

沈黙の映画のように、

あなたの中で終わっていきたいです。

 

光の元に私を晒していきたい。

 

 

この世界の黒幕、

「俺だ。」

 

この映画を見ている時も感じていた。

 

 

毎回、沈黙を見る度、洗い流されて泣く。

 

 

 

7月合宿の時、感じたのを思い出した。

 

その時はあーちゃんだったけど、

兄弟に投影し憎しみを感じた。

 

間違っていたいと望み、

絶対激怒され、殺されるに違いないという恐れがあったけど思い切って打ち明けた。

 

すると兄弟から

ありがとう、とか、

嬉しい、と言われて、

 

そう言われても言われなかったとしても、

 

ああ、

私が間違っていました、、と愛に負ける。

完敗。

 

負けだ。

 

愛だったのか。。あなたは。

 

愛でいてくれて、ありがとう。

 

 

陥落して泣く。

 

 

というのを、、

また同じ兄弟に繰り返しやってるよ、、私。

3月もそうだし、去年から、ずっとだよ。。

 

他の兄弟にも。

 

 

またか。。

 

 

まだ兄弟がソファで自分の隣に座っていて、

ああ、もうだめだ、、と陥落していた。

 

 

 

わたし、いったいこれ何回やるんだろう?

 

 

 

 

「あなたが完全に負けるまで」

 

 

 

 

そうか。。

 

 

 

そうか。。

 

 

 

はい。

 

 

 

 

何千回、何万回とこの繰り返しだと言われた。

 

 

私が完全に負けるまで。

勝とうとするのを完全に諦める、その一瞬まで、か。

 

サレンダー。

 

 

神の愛。

神の子。

 

神が創造したままの私。

 

が残る。

 

 

それまで、

聖霊と一緒に通り過ぎさせていこう。

 

 

暴れがつお、出てきていいよ。

 

どんな怪物や醜い私が出てきても、それが露わになっていくことを赦します。

 

開いていきたい。

 

 

どんなものが出てきても大丈夫。

 

 

できるよ。

 

 

通り過ぎて行けるよ。

 

聖霊と一緒に。

 

 

できないわけがない。

 

それやれたんだ。

できたんだから、できたと知ってるよ!

 

 

アズカバンの囚人のハリーが言ってたのはこれか。

 

 

 

それが私ではない。

 

 

それを知っている聖霊

それを知っている私を信頼したい。

 

 

私が誰なのか思い出したいからです。

 

 

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