私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうかあなたに打ち明けさせてください。

野望と絶望に気づかせていただける恩恵

賢太さんと三脚ファンクションの時にテラスで

リトリート後に感じていたことについて打ち明けていた時、

その時のブログ↓

mokumokuchang.hatenablog.com

 

聖霊から

「それを勉強会で打ち明けるんだよ」

と言われた。

 

え、、、。

嫌だな。。😥

 

はい。分かりました。と聖霊に返事した。

この時は、そんなに難しいことではないだろう、とたかを括っていたと思う。

 

昨日の勉強会当日。

気づいてはいたけど、

そこには触れないように、触れないように、、と全然違う話をし続ける。

 

人を責めたい。

そこに触れないで済むなら、全然それでいい、、そんな感じだった。

 

心と口が一体感なく、

腹話術みたいになってた。

 

そこをのり子さんから指摘されると、

何だよ!

カーーーーっ!とものすごい恥と怒り、悲しみと、虚しさを感じた。

 

と同時に

悲しくて涙が溢れた。

惨めさ。

虚しさ。

 

これに触れていくんだ。

 

嫌だ。

でも、そうするんだって聖霊から言われたから、

やっぱりそうしたい。

 

観念して話し始めた。

 

リトリートで兄弟に癒しが起きたのは、私のおかげ、だと思っていたこと。

 

ものすごく恥ずかしい。

 

賢太さんだけに打ち明けた時の

何百倍も恥ずかしくて、惨めに感じた。

 

一人にだけではなく、

勉強会という場で、リトリートに参加していた全員に打ち明けるということと

全然違った。

 

今気づく。

 

この傲慢さは

リトリート準備中やリトリート中もずっとずっとずーっとあった。

 

だから

のり子さんに言われた通り、

リトリートのエクスプレスの場で、これを打ち明けるべきだったのかもしれない。

 

だけど、

プライドでそんなガイダンスがあったとしても、まっったく耳に入らなかったし、

その時は私のおかげだ、と思っていることを打ち明ける、、なんてことすら思いつかなかった。

 

この野望を自分で自分に秘密にしておくことに全力を尽くしていて、

一生懸命失敗しないように緊張感を持ってやっていたから。

自分でバレないようにバレないようにしていたから。

 

昨日の勉強会ではなく、

今、こうやって書き出してみて、ああ、、そうだったんだ、、。

のり子さんはこれを言っていたのか。

 

どうしてリトリートのあの時、私はエクスプレスすることがない。ガイドがないと言い訳しながら、

切羽詰まっていたことを自分自身に麻痺させ、

切羽詰まっている緊張感や責任感を感じていることをエクスプレスしようとしなかった理由が、今はわかる。

 

そこからスルスルと

野望と絶望を明らかにされたくなかったから。

 

隠すためにも、

リトリートは「順子」の手柄を披露する場にしておきたかったから。

 

聖霊との一体感を感じて、癒しは確かに起きたけれども、

 

聖霊のおかげさまなのに、

そこは海に沈めておいて、闇に葬り、、

俺様、俺の、”わたし”のおかげなのよ!と言って

”順子”が聖なるもので、その恩恵を受け取る下々のものたち、という隠れた野望を満たす場所にしておきたかったからだ。

神聖なもののふりをして。

 

ショーシャンク刑務所の所長だ、私。

 

だから、

リトリート後にようやくその傲慢さに気づいたものの、

誰かにこれを打ち明ける、なんて「順子」には絶対に思いつかないアイデアだった。

 

だから聖霊は、

賢太さんとの三脚ファンクションという場で、

本当はこうだったんだよと真相を教えてもらい、打ち砕かれる機会を与え、

打ち明ける前段階の場を作ってくれたのかもしれない。

 

何で、リトリート中に気づかず、その場で打ち明けなかったのだろう。。

 

全然、気づかなかった。

私は正しいとしか思っていない。

絶対正しい。絶対間違ってないと言い張っている。

 

神に成り代わろうとしていましたと神に向かって打ち明ける。

 

存在の無さ加減や

身動き取れなくて、闇に沈み込んでいて、

もうそこから二度と出られない。

そんな感覚が続く。

 

これを見たくなかったし、

一番、晒したくなかった。

 

惨めだな。

 

虚しい野望を勝とうとしていた全員の前で晒す。

 

でも心の中から聖霊

それでいいんだ、と響いてきた。

 

リトリートでみんなのような一体感を感じました、と言えなかった。

愛を感じました、だけで終われなかった。

 

だけど、こうして今、

自分で一番気付きたくなかった思いと感じていることに気づかせてもらえたことが

今回のリトリートでありがたいと思いました。

 

本当にありがたい。。

 

絶対、順子には無理。

順子はイカれていて、そんな野望を抱いて絶望している、ということを暴露する、

全員という張本人の神の前にさらす、、

なんて絶対やらないからです。

 

リトリート準備から、全部、

私、がなそうとしていただけだったのか。。

 

行為者としてやっていたと認めたくなくてしょうがなくて、、

言われてやっとそうだったのかも、と認めたけど、

つまりそれは目覚めるためのリトリートでさえ全部、全てを己の野望に利用していたということだった。

 

それを認めたくなかったのか。

 

すごくショックだったな。

 

みんなのために、良い影響を与える私、という仮面。

 

あの時、感じたショックもこれだったのかな。。

 

良かったね。

と内側から響いてきた。

 

うん、良かった。。

 

はい。

アイランドみたいに自分で自分に秘密にしたまま、

ホログラムの中で幸せに生きている、、なんていう幻想には、もう戻りたくありません。

 

リトリート準備からリトリートや兄弟や、気付き、一体性、、。

愛されている思い、幸せ、兄弟との一体感を感じながらのハグ。。

 

すべて

神がなさしめていただいたことだった。

神から私は与えに与えられていた。

 

だけどとにかく、一ミリでいいから私、のものにしたい。

私の手柄にしたかった。

神の愛を「わたし」の愛にしたかったんです。

「わたしの」愛を与える者でありたかったんです。

 

だけど、そうすると、

ものすごく不幸でしかない。。

こんな野望が自分にあることに、気づいていたい。

 

この順子、という私、というアイデンディティーの下にあるのは、

野望で、その結果、絶望している。

順子=野望、絶望。

もう恥じていて、動けなくてどうにもできないって分かっている。

けど、隠そうとしかしてない。

 

そこを明らかにしていくには、

聖霊のガイダンスに従って、兄弟に関わっていくしかない。

 

リトリート、リトリート後、三脚ファンクション、勉強会を通じて、

かすかに聞こえた聖霊からのガイダンスに従っていったから、

自分で自分に気づくことができるんだ、と分かってきたから。

 

神にすべてを委ねて、なさしめていただくしかないんですね。

そう心から口に出た。

ああ、、、、、。

本当にそう。。それしかない。。

 

すべてを神に委ねるか、

地獄に居続けるか。

 

この絶望と悲しみから動こうとしたところで、

隠そうとする野望の中からやるだけで、ずっと同じことを繰り返すだけだ。

不幸だ。

悲しい。

 

すべてを神に、聖霊に身を委ね、

祈り、聞いて従っていくしかないんだ。

 

聖霊、あなたが正しかったと認め、受け入れたい。

癒されたい。

 

それをのり子さんが最初に話してくれたように、

勉強会で打ち明けた後、感じていた。

 

それを思い知ることができることは、幸せだな、、。

知覚は絶望と悲しみを感じながらも、

見捨てられていない、愛されていることを感じていた。

 

順子の手柄はひとつもありませんでした。と気づいた途端、、

クワーーーっと、違う!違う!、、俺様のおかげなんだよ!!、、と言っている。

 

これを聖霊に捧げます。

これが私でないことを望みます。本当に。

 

すべて、神がなさったことです。

聖霊が手配してくださり、なさしめていただいたおかげさまです。

ありがとうございます。

 

そこにしかもう、私の平安と幸せはありません。

 

どうかもっともっと私の野望に気づかせてください。

そしてそれが、

不幸と絶望しかもたらさなかったということを、どうか私に知らしめてください。

 

それに気づいて、捨て去りたい。

神の平安と愛だけが欲しい。

神に愛されていることを完全に思い出したいからです。

私が本当は誰なのか、思い出したいからです。

 

神様、ありがとうございます。

 

神の子ベイビー順子👶