私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうかあなたに打ち明けさせてください。

静岡撮影⑥愛されている

7/11youtube生配信ご視聴ありがとうございました。

 

最後に、もしかしたら聖霊

これを言わせたかったのに言えなかったと感じていたところ、

 

多分内容は被っていると思うけど

のり子さんに促されて話すことになったことを残したいと思いました。

 

そう言われて初めて

これを口に出して、話すことを避けていたのかもしれない、と思ったから。

 

 

この静岡撮影の旅で

宿でのエクスプレスセッションの時に、

 

賢太さんから自分に感じたことを聞きたいと言われたので、

エクスプレスすることができた。

 

それまで感じていたことを

本人に聞きたいと言われた上に、本当に本人に言ってもいいの?

 

そこまで

正直になるために用意していただいているなんて、

正直になる以外にない。

 

こんなことを張本人に言いたくないし、

黙っていればいいと思っていた。

 

だけどその張本人が、聞きたいと言ってくれている。

 

目を見て言えなかったけど、

 

頼りにしていたはずの賢太さんが頼りにならなくて

損させられている。怒りを感じている。弱々しく感じていて、潰したいような思いもある。

 

そう打ち明けた。

 

あまり覚えていないけど

多分、その後、お互い目を見て、と言われて賢太さんの目を見た。

 

そこに私がいた。

 

やっぱり、、

 

ありがとう!嬉しい。

ほっとしたような、緊張の糸がほぐれたような感じがしてきた。

 

旅の始まる前に、賢太さんが私に、

私と繋がりたくない、と正直に打ち明けてくれた時に感じたのと同じように。

 

一つに繋がっていた。

 

大雨の中、

それを感じていた。

 

その機会を与えていただいた。

 

与えていただくほどに、私は愛されている。

 

それを感じた旅でした。

 

ありがとうございます。

 

 

愛されているのを感じた。

 

それを口にした時、

ありがとう

と内側から光が溢れた感じがした。

 

 

そう口に出して打ち明けた勉強会後、

自己嫌悪や

私にはそんな資格はない、存在を消してほしいという思いが溢れかえった。

 

私は愛に値しない。

値するわけがない。

場違いなことを言ってしまった。

 

勉強会で

あのブラザーサンシスタームーンの映画を見た時に感じたこと

 

聖フランチェスコを使って

神は誰一人除外せずに、今完全に愛している

夢見ていても愛を与えられている

 

これを感じられたことが私にとって支えになっている。

 

これ以外ないと感じたじゃないか。

神のご意志。

 

そうだったな。

 

それ以外を感じているならば、

私が何か間違っているに違いない。

 

もう一度

神を信頼し、委ねよう。

 

間違っていたい。

 

 

愛であることを拒んでいるのは、

誰でもなく自分しかいない。

 

闇にしても愛にしても、

とにかく黙ってろって自分に言っている。

 

自分の首をぎゅーっとしめて、

お前!余計なこと言うんじゃないよ!

愛なんてどの口が語ってるんだ。って

自分で自分の口を思いっきり封じているのを感じる。

 

そのくせ、心の中では言わせろ!とおしゃべりばかりで

聖霊に耳を澄ませない。

 

でもあの勉強会の最後に言わせてもらう前、

 

裏切りたくないんだよ!って感じていた。

 

もう裏切りたくない。

この奥から感じている何かを。

本当の私を。

 

そんなふうに感じていた。

 

あの台湾料理屋でのエクスプレスの時に

インスピレーションか分からないが、そう思ったんだ、と言えなかった時も。

 

本当の私であることを否定し、裏切ってきた。

 

 

どの瞬間も、あの一つの瞬間なのだろうか?

 

だとしたら私は何者なのだろうか?

 

知りたい。

 

感じたことや思ったことを口に出していくのは怖いけど、

やっていきたい。