私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうか聖霊あなたに打ち明けさせてください。

7月より献身合宿になることを聞いて

今日、7月献身合宿を終えた。

 

例によって

ほとんど忘れかけているが、参加に至るまでの心境を残しておこう。

 

 

 

6月のりチャンネルをリアル視聴した。

 

これまでとスタンスが同じでは合宿はやらないほうがよいとのことだった。

 

 

自我としては

聖霊に叩き潰されるような思いだった。

 

 

上がってきた感情、思考は、

 

いたたまれない。

情けない。

くそー!なぜ、私が悪いのだ!という思い。

 

そして、

悔しい!悔しい!失敗した。という後悔の念があった。

 

 

なぜなら、

6月中、聖霊のサインは明らかに来ていたからだ。

 

 

のり子さんを先生として生徒、という関係で学ぶという合宿は終わりです。

という聖霊からの声。

 

これ(合宿)はファンクションです。

 

草取りのボランティアをさせていただきたいという思いが自然に湧いてくる。

 

visitor気分ではダメだ、おかしい。

使わせていただいているという思いがない。

おかしい。。という違和感。

 

全体的な雰囲気の違和感。

 

お菓子への違和感。

 

一体感がない。など。

 

 

参加者のAさんの

精一杯、差し出しなさい。という聖霊からの声。

 

Aさんに指摘していただいたことは、

紛れもなく聖霊の声と分かっていながら、

それを受け入れたくないという抵抗を感じていた。

 

 

のりチャンネルという聖霊の声は

真のわたしの声として、表してくださった。

 

 

しかし、

聞いたときは、人のせいにしたくてたまらなかった。

 

わたしは分かっていたのに!

 

 

でも、

同時に分かっていた。

 

 

たとえ、分かっていても、

インスピレーションがあって感じていたとしても、

 

 

それを言ったり、行動しなければ、

 

やらなかった。

わからなかったと同じことだ。

 

 

こういうインスピレーションがあるのだけど、みんなはどう感じる?

 という考え自体、わかなかった。

 

 

その場に合わせておけば、安全と思っている。

 

今までやってきたやり方に違和感を感じない。

楽だから。

変化したくないので、サインがあっても無意識に追いやり知らないことにする。

 

自分だけ違うことや違う意見することを避けたい。

 

 

それとは別に、

「わたしは知っているのよ」

I know mindでいる

ことで、

 

わたしだけが気づいて行動していれば

わたしが特別でいられる。

 

それをのり子さんと共有することで、他の気づいていない人を見下すような策略、

 

わたしたちは知っているけれど、あなたたちは気づいていない、と。

 

優位性を保ちたい。

わたしは特別でいたい。

 

そんな思考が見えていた。

 

当然、行動にも、現れる。

 

 

のり子さんがスープカレー屋で

金曜日の送信しないと、と聞き、

 

PCで送信の準備をしている間に、お風呂を入れよう、と思った。

 

自分が先に気づいたから

即行動して、

手柄をゲットしよう、とか。

 

 

聖霊の指示でもあったと思うのだけれど、

わたし一人の手柄にしたい、という思いもかなりあったと思う。

 

 

 

今までのような合宿のスタンスは、終わり。という感じは

明らかだった。

 

 

しばらく、

参加していた人たちへの投影、

のり子さんへの投影があった。

 

 

7月合宿については

先にRさんとわたしがリクエストしていた。

 

 

その後、

聖霊が求めている合宿方針の変更をのりチャンネルで知ったと思う。

 

余計に、

6月のようなスタンスで申し込んだ自分が

恥ずかしく、情けなく感じていた。

 

 

メッセンジャー

のり子さんから

 

7月からの合宿は献身合宿になるということ、

どのようなことを求められているか、について

 

聖霊のメッセージとして知らせてくれた。

 

 

そして、

7月合宿について

のりチャンネルを聞いて、リクエストした人はどう思いますか?と

尋ねられた。

 

 

すぐ答えられなかった。

 

 

ものすごく抵抗していた。

 

 

恐れもある。

 

 

先陣を切って、間違いを指摘され

 

矢面に立たされたようで

猛烈な恥ずかしい思いが上がった。

 

 

恐ろしかった。

 

 

ユタに行ったあと、

落ち着いてからの方が良いのでは?とか

 

わたし自身の準備が整っていない。とか、

 

わたしのレベルとは違いすぎる、

高いレベル過ぎて、

自分が引き下げてしまうのではないか、、

 

一致がないのなら、

今回はやめた方が良いのではないかという葛藤があった。

 

 

すぐに決断できなかった。

 

 

 

自分の欲望、

 

怒り、

 

誰かのせいにしたくてたまらない思い、

 

どうしてこんな風に言うのだ、のり子さんは!

わたしは攻撃されている!

 

攻撃してやりたい、

 

わたしは悪くない、

 

分かっているのに!

 

 

でもいざやれと言われると

それはちょっと、、と言って傍観者にとどまっていたい、

 

わたしが率先してやりますというのは避けたい、という思いを

 

聖霊に明け渡していった。

 

 

しばらくしてから、

やっとのり子さんからのメッセージを

聖霊からの、メッセージとして受け入れることができた。

  

 

ああ、

 

6月のAさんのご指摘も、

あののりチャンネル全部が聖霊からのメッセージだ。

 

 

Aさん、

のり子さん、ありがとう。

 

 

感謝が湧き上がった。

 

 

そして、

7月合宿についてのリクエストについて聖霊に尋ねる。

 

感謝と共に、

意志を示そう。

 

そう思った。

 

 

他の誰が参加するか、ではなく、

 

たとえ一人だったとしても、

 

わたしは話すのが苦手で、

一人だったら

のり子さんに瞑想状態で迷惑をかけるかもしれない。と言う思考も上がった。

 

 

だけど、

 

明日死ぬとしたら、

 

今日、意志しなかったことを

死ぬほど後悔する。

 

 

わたしはいつも、

合宿については兄弟任せで、

他の兄弟がだいたいリクエストし、それに追従することが多かった。

 

 

安全なのを確認してから、行動するということが多い。

 

ずるいのだ。

 

 

自分一人で意志を示したことが、なかった。

 

 

もう一人のリクエストしたRさんは、

まだのりチャンネルを見ていないかもしれなかった。

 

だから、

先に自分一人で決断し、意志することになる。

 

 

 

とても怖かった。

 

 

だけど、

 

明日死ぬとしたら、

 

 

わたしが求めたからこそ、

 

目の前に差し出していただいた神が用意してくださっている

合宿という献身のチャンスの場に

 

やらせてください、と意志を示さない方が辛い。

 

 

死んだ後、

死ぬほど後悔する。

死んだことよりも。

 

そう思った。

 

 

毎瞬、その決断をするということなのだけれども、

 

 

それでも、

 

リトリートや合宿という

わたしにわかる形、意志を表す形を与えられていることが

とてもありがたい、と思った。

 

 

 

エス、五井先生に祈る。

 

 

神様、

あなたのよろしいようにお使いください。

 

 

みんなと集うことで

マインドトレーニングのために

葉山を使わせていただきます。

 

 

神様、

あなたにお使いいただくために、

 

 

必要のない思考、

兄弟を攻撃する思い、

わたしを赦せないを

もう持っていたくありません。

 

 

あなたに使っていただくために

持っていたくないので、

 

表れた罪悪感や

このような思考を

あなたに明け渡しますので、持っていってください。

 

 

神様、

兄弟を攻撃するような思いや

 

わたしを赦せない思い

 

価値がない、

愛に値しない

 

どうせ愛されないに違いないという

 

わたしが慣れ親しんできた思いや思考があらわれても、

 

あなたにお使いいただくために、

持っていたくないのです。

 

 

どうか、

持っていってください。

 

 

あなたによろしいようにお使いいただくために

あなたとの間に何も挟み込んでおきたくないのです。

 

そう心から願います。

 

 

神様、

あなたが何をお望みか、

耳を傾け、従う場の一つとして

わたしにチャンスを与えていただいて、ありがとうございます。

 

 

 

しばらく、

感謝でひざまずいて、泣いていた。

 

 

 

このしばらく前、

ボランティアしたいという欲求が高くなった。

 

 

それは、

今ユタにいるラファエルのおかげだと思った。

 

それは兄弟の意志であり、

わたしの意志でもあった。

 

 

献身してください。

 

そう聖霊に語られていた。

 

 

都合の良いことばかり、聞こうとしていた。

 

それももう、終わりにしよう。

 

 

 

神様から与えられたチャンスは、

 

ありがたく、素直に受け取っていきたい。

 

 

かといって、

ものすごいレッスンが現れたら

ひるむだろうと思う。

 

泣き言言っているかもしれない。

 

 

それでも

意志を示したい。

 

今。

 

 

 

目的が逆転する、とのりチャンネルでお話しされていた。

 

 

お互い同士が、仕えることになる、と。

 

 

その意味が、よく分かる。

 

 

 

メッセンジャーで参加の意志をのり子さんに伝えた。

 

 

その後、

仕事中やどこにいても

恐怖を感じていた。

 

 

正直、

やはり間違っていたのだろうか、、

聖霊の指示は違っていたのでは、、

この思いや考え方も間違っているかもしれない、

撤回しようかという疑いや、ひるむ思考が何度も上がったが

聖霊に祈っていた。

 

 

Rさんも意志を示したことを知った。

 

 

ありがたいと思った。

 

 

 

神様、

ありがとうございます。