私は知覚に問題があります

なので感じていることを、どうか聖霊あなたに打ち明けさせてください。

幸福なラザロ

 昨日、聖霊の導きによって

兄弟と映画「幸福なラザロ」を観に行った。

 

 

映画が始まる前、

「私からあなたたちへのプレゼントです。

受け取ってください。」

という聖霊からメッセージを受けとった。

 

 

ラザロは、

小作人たちにあれやれ、これやれと言われ、

重労働の農作業やおばあさんの世話をするよう

こき使われる。

狼から守るために夜通し鶏の番をさせられたりするのだけど、

 

ただ、

「はい。わかりました。」

と素直に受け入れ、行動する。

とても純真だ。

一切、逆らわない。

 

その顔はとても涼やかで、平安に包まれている。

愛の中にいる。

疑うということを全くしない。

 

世の中が不当と思うような扱いを自分が受けている、と全く思っていない。

 

 

そのようなシーンが続く時、

ラザロはこんな不当な目に遭っているのに

嫌だとか、それはやりたくないと拒絶せずに

素直に、疑いもなく、受け入れられるのだろう?

という考えが浮かんだ。

 

 

彼は神とともにある。

 

 

そうか。

 

 

彼に比べて、どうだろう?

 

 

仕事や普段の生活の中で、

 

あれのせいで、あの人のせいで

私は平安ではありません。

私はこのように、このようなところで

不当な扱いを受けているので、

あなたの指示を聞き取ることができません。

 

職場はスピリチュアル的な場所ではない、機械音がものすごく大きく、騒々しい。

閉鎖的なところにいるなど、目につくものすべてをあらゆる言い訳にしている。

 

 

エスは、

あなたにいつも語りかけていますよ。

と言う。

 

エスと共にあることを恐れている。

エスからの指示をなんとなく受け取っているのに、

はぐらかしてばかりいる。

 

映画のように、

自分で自分を幽閉している。

 

 

ラザロのようにありたい。

 

 

一方

真理とか無垢なものを攻撃したい、否定したい、

怖い。

私は不当な扱いを受けている、ということにしておきたいんだよ。

私の中にあるものを見ていた。

 

自分を赦せないんだよ。

自分のせいで

純真さを失ってしまうことになったと信じている。

 

 

ラストの方でのラザロのセリフが

印象的だった。

 

 

「彼のものを全部返してやって欲しい。」

  

 

。。。

映画が終わり、

トイレに行く。

 

すると前に並んでいた兄弟が、

前に入っていた人の忘れたカバンを出してきた。

 

これ誰のだろう?

と彼女は言う。

 

なんだよ、動くの面倒だな。。という思考が上がる。

 

しかし、ほぼ無意識に

すぐ兄弟に少し駆け寄って、

どうしたか聞いた。

 

すぐ後ろにいた私は、

一瞬躊躇する。

 

声をかけるの、面倒だな。

動きたくないよ。

 

でもここから出て行ってしまったら、大変なことになる。

 

今そこから出て行った人が見えなかったけど、

そばにたくさん人が並んでいるのを気にしつつ、

声を出して、忘れてる人いませんか?と声をかけた。

 

すると、

忘れた人が気づいて戻ってきてくれた。

無事、忘れたカバンが本人の元に戻った。

 

それを見て、

心底ああ、良かったな。。と思った。

 

聖霊と共に安堵し、幸せだった。

 

同時に

もっとああやって声をかければ早く気付いたかもしれない。

なぜすぐパッと動かないんだ、私は。

という自分を裁く思考が上がり、後悔の念も上がっていた。

 

 

聖霊から、

 

「ほらね?

私の声の掛け方は完璧かどうかは関係なかったんだよ。

完璧を目指そうとすることではないんだ。

こうやって、私と共に意志し、

行動していくことなんだよ。」

 

 

そのように教えてくれた。

 

 

 

兄弟とのコラボレーションで大切なこと、

一つの心、一つの目的に合わせること。

 

エスを信頼し、

こうやって行動していくことなんだ。

 

 

失敗を恐れ、行動することを躊躇してきた。

 

自分自身を解放することを自分で拒んでいる。

 

恐れているけれども、

 

私と共に行動してごらん。

私は絶対裁かない。

と言ってくれている。

 

導きをありがとうございます。

 

 

私の手をとってください。

 

はい。

 

恐れているけれども

委ねて行動していくことで、信頼を自分自身に示していきたい。

 

 

聖霊のもとラザロや映画で

気付いたこと、感じたことを兄弟と話す。

 

 

彼は全く防衛しない。

 

ラザロのように神と共に平安のままにありたい。

 

 

映画後、感じたこと。

 

 

resurrection復活

 

あなたは誰ですか?ということです。

 

 

誰もいなかった。

 

 

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